もなかsizeがちょうどいい。

~*結婚生活も子育ても我慢しない*~

もなか親子。

冬季オリンピック、終わっちゃいましたね。

LIVEではほとんど観られませんでしたが、心に残る名シーンがたくさんあり感動しました。

選手のみなさま、お疲れさまでした!

 

たった今、大好きな高橋一生さんの熱愛報道が目に飛び込み、あわわ状態のもなか。

勝手に失恋した気分です。(おーぃ、おばちゃんよーぃ、戻ってこーぃ)

しかもお相手は15歳年下の、森川葵ちゃん(22歳)。

若くて美人で可愛くて、演技も上手で、好きな女優さんのひとりです。

はぁ~、お似合い過ぎるカップルに、、、もう何も言えねぇ。

 

 

さてさて。気持ち切り替えていきます。

素敵なブロガーさんのある記事を読んでとても共感し、そして美味しそうなドーナツを見て幼い頃の記憶が蘇り、無性に『母』のことを書きたくなりました。

普段から母ではなく『お母さん』と呼んでいるので、ここからはお母さんで書いていきますね。

 

あなたはお母さんが好きですか?

私のお母さん

幼い頃、両親が離婚して、私はお母さんとお姉ちゃんと三人で生きてきました。

お母さんの人生は壮絶で、自叙伝出せるレベルに山あり谷ありでしたが、私が結婚するまでに再婚し現在は幸せだそうです。

 

私が中学を卒業する頃までの記憶が確かならば、お母さんはピリピリしていることが多くて、とにかく怒りの沸点が低かった。

いつまた噴火するのか、子どもながらに気を遣いヒヤヒヤしている自分がいた。

噴火すると言葉の暴力も酷くて、まさに鬼の形相。

でも泣いている姿もたくさん見ました。

きっと、一人で娘ふたりを育てることは大変だったんだろうなと思います。

お母さんはおばあちゃん(お母さんの母親)と折り合いが悪く、お兄ちゃん(お母さんの実兄)ともとても仲が悪いので、頼る人も居なくて精神的にしんどかったんだろうなとも思います。

今でもそうですが、おばあちゃんやお兄ちゃんと連絡をとると、体調が悪くなるとか。

 

再婚するまでにも色んな出来事があり、お母さんはもう10年以上薬を飲んでいます。

 

お母さんとドーナツ

一番古い記憶を辿ると、3歳頃でしょうか。

近所の友達とお姉ちゃんも一緒に家の前で遊んでいると、お母さんが「おやつ食べよー!」とドーナツを持ってきてくれたんです。手作りのドーナツです。

 

f:id:tea-latte:20180228151342j:plain

 

それが美味しくて。本当に美味しくて。

今まで何度も何種類もドーナツを食べてきましたが、あの時のドーナツが美味しすぎて。

大人になって、あの時のドーナツってどうやって作ったの?と聞いたくらい。

どうやら"ドーナツミックス"というものが昔は売っていたらしく、それを使って作っていたそう。今はなかなか見ませんよねぇ?(ネットで検索してみよう) 

 

あの優しい甘さとふかふかな食感が、恋しいです。

 

 

親子

私は、自分に何かあっても、お母さんを頼りにしたくはないし助けてと甘えたくなることも決してありません。

もう大人だから。

という意味合いではなく、そんな気持ちになれないのです。

私とお母さんはそういう親子関係だからです。

 

お姉ちゃんが割と早くに結婚し、私とお母さんは長い間ふたりで暮らしました。

その間、お母さんは心の病気を患い、とてもつらい時間をともに過ごしました。

その日々のせいでしょうか?おかげでしょうか?

私とお母さんは、まるで親と子のような関係になりました。

私が親で、お母さんが子です。

 

もちろん私はお母さんを尊敬していますし、感謝もしています。

でも、もう昔のようには頼れない、甘えられないのです。

 

出産を終え、1年経って気づいてしまったこと

私は出産する際、お母さんの付き添いを断りました。

誰にも気を遣わずに精いっぱい出産に集中したかったから、付き添いは夫だけが良いと思ったからです。

お母さんには、遠くからわざわざ来てもらうのは悪いと言って。

でも、当日お母さんは来ました。

入院することになったら連絡だけちょうだいと言われていたので、破水し即入院になった私は夫に頼み、メールをしてもらいました。

すると私の携帯にお母さんから電話が。

陣痛がまだきていなかった私は、元気な声で「はいは~い」と電話に出ました。

お母さんは「やっぱり行っていい??」とやや強めの声色。

私は断れませんでした。

日曜だったため、義父も一緒に来てくれました。

義父はとても気遣いのできる優しい人柄で、ちょうどいい距離感を保てています。(私は勝手にそう思ってる)

 

両親が来て1時間経ったぐらいの時、突然激しい痛みに襲われました。

そう、初めての陣痛です。

陣痛の進み方は人それぞれですが、私は特に速かったと思います。

すぐに10分間隔になって、7分間隔になって、、、。

あとは記憶が途切れていて、気づいた時は分娩室にいました。

陣痛が始まった時、お母さんはこう言いました。

 

「頑張りよ、母親になるんやから。」

 

落ち着きがなくなり、心配の余り泣きそうになるお母さんの姿を想像していた私は、真顔で冷静に言い放たれたその言葉に、なぜか怒りと違和感を覚えました。

そんな言葉お母さんに言われたくない。

 

母親面されたくないと思ったことはありません。

おそらく、私の身を心配し優しく励ましてくれるだろうと勝手に思っていたから。

「痛いよね、つらいけど頑張れ、大丈夫だから!」みたいな声援を待っていたから。

やっぱりまだまだ甘えたかったのかな?私は。笑

と、最近ようやく気づいてしまいました。

 

お母さんになって思うこと

毎日息子と過ごしていると、時々思うんです。

お母さんもこうやって私と遊んでいたのかな?

お母さんもこんな気持ちで私を抱っこしていたのかな?

お母さんも私の寝顔に癒されていたのかな?

お母さんもこんな幸せな気持ちで私におやつを作っていたのかな?と。

 

そして、息子を産むまでは知り得なかったことが、今はたくさんあります。

お母さんになっても我慢できないこともある。

お母さんになっても泣きたい時もある。

お母さんになっても子どもに還りたい時もある。

それでもやっぱり、我が子は何にも代えられない愛しい尊い存在である。

その命を守る為に、お母さんは強くなること。

 

結婚して私が精神的に疲れてしまった時、お母さんは何度も連絡をくれました。

「甘えて良いんやで。」と言ってくれました。

でも私はその時、甘えられませんでした。

お母さんが弱っていたあの時から、いつの間にか自分は強いと勘違いし、また自分はどんな時でも強くいなくちゃと張り切り過ぎていたのかもしれませんね。笑

 

私は、我が子の笑顔と涙に早めに気づくことができ、助けを求めてきた時には全力で手助けできる、そんな親でありたいと思います。

たまには弱い姿を見せたとしても。

 

私が1歳の息子を育てる姿を見ながら、お母さんは「小さい頃は世話が大変やけど、今が一番幸せかもしれんで。お母さんはお金がなくて生活が苦しい時もあったけど、あんたやお姉ちゃんが小さい頃が一番楽しかったし幸せやった気がするなぁ。」と話してくれました。

今なら私も分かります。

子どもって本当に天使だから。

 
改めて、私を産み育ててくれたことに、心から感謝します。
お母さんありがとう。

私はあなたが大好きです。

 

 

また遊びに来たいなぁと思った方はポチッとどうぞ

応援クリックお願いします