もなかsizeがちょうどいい。

~*結婚生活も子育ても我慢しない*~

②【プチ鬱】心の蓋が吹っ飛んだ日は、誕生日の次の日でした。

結婚生活、田舎での暮らし、就職など、様々な壁に激突しプチ鬱状態に陥った私が、もがき苦しみながらもどうやって鬱抜けし、今ある幸せな暮らしを手に入れることができたのか・・・。

今振り返ればちょっと笑える夫婦の話、『プチ鬱もなかHISTORY』をどうぞお楽しみくださいませ♪( *´艸`)

注)後に自分は鬱だと思い夫の勧めもあって心療内科を2件受診しましたが、医師から鬱ではない&治療も要らないよと言われたので、ここでは敢えて"プチ鬱"と表現しています。

 

*プチ鬱もなかHISTORY①*

 

 

f:id:tea-latte:20180410153531j:plain

 

 

 嫌で嫌で堪らない田舎での生活

とりあえずの就職

知り合いの居ない環境がいけないんだ、ひきこもり生活はやめて外に出よう。

そう思い立った私は結婚式を終えた翌年の春に就職しました。

環境に慣れてからでいいよと専業主婦を勧めていた夫も、私が大丈夫ならと、就職に賛成してくれました。

就職先はある疾患の専門クリニックで、私が今まで経験したことのない分野でした。

はい、甘く見てました。(*´Д`)

拘束時間が一般病院と比べると短め、それなのにお給料が良い。

そんな好条件な職場ですから、当然高い技術や知識、看護力が試されるわけです。

就職して3ヵ月はひたすら体重測定と検温、記録のみの毎日でした。

やがて難しい医療技術にも少しずつ指導を受けながら携わるようになり、失敗を繰り返す日々が始まりました。

自分に与えられた仕事、そして自分のできることを探しながら黙々と働きました。

早く先輩と同じように働きたい、早く自分も迷惑をかけずに仕事がしたい。

焦りや不安、自己嫌悪に押し潰されそうになりながら半年が過ぎようとしていました。

 

壁を作っていたのは自分だと思う。

スタッフ、患者。

毎日関わるうちに少しずつは打ち解けていくことが出来ました。

でも、やはりどこか違和感を感じずにはいられないのです。

方言、雰囲気、話す内容、距離感。

「はぁ、、、やっぱり合わない。」

いつもそう心で思いながら接していました。

 

夫は他県で生まれ、父親の仕事の関係で引っ越してきたそうで。

父・母共に他県の出身者です。

「だからだ、なんかこの地の人とは違う匂いがする。」

そう思っていました。

気の合う患者さんが居たのですが、話をしていてこの地に引っ越してきた方だと判明。

「やっぱり、だから話しやすいんだな。」

何の根拠もない自分勝手な思い込みが強くなり、どんどん田舎を拒絶する自分が増殖していきました。こわっ。

 

相手が何故か私にだけ壁を作っている気がして、ぎこちない空気が生まれることに腹立たしいとさえ思っていました。

 

誰とでもすぐに親しくなれるような性格ではありませんが、今までに職場の人間関係において悩んだことはほぼなく、いつも中立の立場で薄ーく存在しながら仲良く平和に生きてきた私。

自意識過剰と言ったらそれまでですが、先輩らや同期、後輩ら、そして患者さん達にも、わりと可愛がっていただける方でした。

だもんでね、ついつい相手に原因があるのでは、なんて思いっきり上から目線な考え方しか出てこなかったんですよね。

恐らく自分のせいなのに、こんな田舎は嫌!早く出ていきたい!オーラが全開で噴き出ていたに違いないのに。

この時はもうとにかくこの場所から逃げ出したいと24時間思ってました。

そりゃ仲良くなれないわな。本当にゴメンナサイ。

 

妊活始める

働き始めたと同時にそろそろ子どもも、と夫婦間で意見が一致し、妊活も始めました。

この時私は30歳、夫は31歳。

漠然とすぐに妊娠するだろうと思っていました。

ところがひとつき、ふたつき、みつき経ってもまたリセット。

まぁまだ大丈夫、もうすぐきっとできるよね~なんて余裕ぶっこいてたら、これから約2年も妊活ライフが続いたのです。

毎日同じ時間に同じ体勢で測る基礎体温、ここだと思った日に目星をつけてそんな気分でなくてもしなきゃいけない夜もありました。辛いよね。

結局1年経っても妊娠しなかったので、知人に教えてもらった不妊治療専門クリニックに行くことになったわけですが。

この時のお話は次回詳しく書きますね。

なかなか妊娠しないことも、大きなストレスになっていたと思います。

だって、来る日も来る日も手帖とにらめっこして、日数かぞえて、今回は成功したかも!なんて小躍りしながらトイレに行ったら・・・チーン。(:_;)なんてことが毎月あるんですから。

 

突然の退職

嫌でも頑張らなきゃ、早く追いつかなきゃ。

毎日足取りは重くなるけど、とにかく無理してでも笑顔で頑張っていました。

就職して9ヵ月が過ぎ、私の誕生日の次の日に、とうとうやって来ました。

朝起きたら体が動かない。

それまでも、疲れがとれない、眠りにくい、offの日も仕事のことが頭から離れず涙が出る、なんてことが続いていました。

夫との結婚生活、田舎での暮らし、なかなか上達しない自分の技能の無さ、そして妊活のことも。

全てがもう限界だったのでしょう。

 

「もう嫌ー!!!(;´Д`)辞めるーー!!!!」

 

布団に潜り込み私は貝になりました。

先生やスタッフリーダーに話を聴いていただき、1週間の猶予を与えて貰ったにもかかわらず、その優しさと期待に応えられず、あっさり退職という結果になりました。(冬のボーナスまできっちり下さり、もう感謝しかありません。)

あんな形で退職したことを、今でもとても後悔しています。

 

<次回予告>

社会人としてのマナー違反ともいえる突然の出社拒否、そして退職をしてしまったもなか。

深く反省はしつつも、気分一新、以前から予定していた夫との北海道旅行を楽しみ、また元気を取り戻していくと思っていたのだが・・・。

※コンプレックス、不妊治療専門クリニック、被害妄想、夫とのぶつかりなど、地獄の様な日々の様子を赤裸々に綴ります。

 

 

**********

現在夫のKYな言動はほぼ見られず、元カノ話も封印されています。笑

趣味は相変わらず色々と楽しんでいますが、ゲーム時間は減って一緒にTVを観る時間も格段に増えました。

私はというと、孤独感を感じることはまるで無くなり、田舎暮らしに対する拒絶感も弱くなってきていて、楽しむ余裕も若干出てきています。(夢のマイホームでの暮らしは何処でするのか未定だけど、喧嘩の原因にはならなくなった)

今は自分のことより息子優先なところが多々ありますが、息子が成人した後の第二、第三の人生もまた楽しみで仕方ありません。勿論シングルじゃなく夫婦前提としてですよ!笑

私が変わったのか、夫が変わってくれたのか、どちらも少しずつ変わっていったのか。

なにわともあれ、お互いを思いやる気持ちだけは忘れずに、年々夫婦間の絆が強くなっているように感じます。

昔も今も、「お似合いだね」「本当に仲良しだね」などとよく言ってもらえる私達ですが、過去にはこんなにもぶつかって、色々学んで、今も好きでいる努力をして、そんな小さな積み重ねが今の暮らしに繋がっていることを忘れずにいたいです。

 

Q:『夫婦とは?』
A:『どんな時も諦めず、同じベクトルを持って、生涯を共にするための努力ができる、最愛のどうし(同士・同志)である。』by一口もなか

 

 

 *続き③はここから読めます*

 

また遊びに来たいなぁと思った方はポチッとどうぞ

応援クリックお願いします