もなかsizeがちょうどいい。

~*結婚生活も子育ても我慢しない*~

④【プチ鬱】夫の些細な一言を引き金に、コンプレックスと被害妄想に苦しんだ辛い9ヵ月の日々。<後編>*ヨガ・心療内科、ようやく見えた少しの光

自力で元の状態に戻す自信がないと思った私は、人生初の心療内科を受診しました。

夫に付いてきて欲しいという気持ちはなく、ひとりでちゃんと話がしたい、聞いてもらってあとは医師に診断をしてもらって、もし治療が必要ならそれもちゃんと受けて、とにかく今の状況から脱したい、早く元気な自分に戻りたい。

そんな一心で。

 

もがき苦しみながらもどうやって鬱抜けし、今ある幸せな暮らしを手に入れることができたのか・・・。

今振り返ればちょっと笑える夫婦の話、『プチ鬱もなかHISTORY』をどうぞお楽しみくださいませ♪( *´艸`)

注)自分は鬱だと思い夫の勧めもあって心療内科を2件受診しましたが、医師から鬱ではない&治療も要らないよと言われたので、ここでは敢えて"プチ鬱"と表現しています。

*プチ鬱もなかHISTORY①*

*プチ鬱もなかHISTORY②*

*プチ鬱もなかHISTORY③*

 

 

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心はコロコロ変わるからこころって言うの。

夫に対する不信感

相変わらず鏡が嫌い、自分の姿かたちも嫌い、食事もろくに摂らず一日中布団の中で眠る日々。

8時;夫出勤、見送りできず。

10時~14時;とりあえず起床、洗濯~乾燥まで回す。朝食か昼食を摂ってぼーっとする。

14時~18時;布団で携帯いじる。洗濯たたみ、また布団へ。風呂場洗い、出来る時のみ夕飯作り。

19時;夫帰宅、一緒に夕飯食べる。調子が悪い時は食べずに布団。

21時;入浴。

22時~;就寝。

こんな感じの一日タイムスケジュールでした。

夫は職場に隣接したジムに通っていて、この頃も通っていました。

帰りが20時21時になる日もあったのですが、その度に浮気を疑われたり、帰宅早々泣きつかれたり、日中の被害妄想が目まぐるしく広がった末に悪魔を見るような目で睨まれたり、、、今思うと家に帰ってきたくなかっただろうなと思います。

 

ジムに通うような女性は美意識が高くてスタイルが良くて(実際そう)、自立心も強い。

そんなイメージを持っていますので、増々妄想は広がるばかり。

ある日、夫が赤色のヘアバンド(前髪をガッと上げるスポーツ用&メンズ用)を持ってきて、「これ買ってきた!」と。

そこで私の妄想癖が一気に開花。

(?(;´Д`)何で赤なん??青と黒が好きで赤なんて絶対買わん人やのに...何で?)

(もしかして誰か(ジムで出会った女)に赤色が似合うとか言われて?それとも赤色のヘアバンドをつけた日はデートできる印とか?絶対これなんかあるなぁ(+_+))

頭の中にはこんな感じにもなか's妄想ワールドが出来上がっていて、沸々毒々怒りが沸き、夫がジムから帰宅した途端爆発したことも多々あります。

 

夫の性格上、浮気はしない。

するほど寂しがりでもないし、浮気<趣味に走りそう。

そうだと分かってはいるものの、当時の私は自信喪失・自己嫌悪・ネガティブ全開の鬱モードでしたから、何もかも悪い方向にしか思考が働いていませんでした。

この赤色ヘアバンド事件についても今は夫と笑って話せるのですから、私も正常モードに戻ったんだと思えるのです。

 

もなか、ヨガを習う。

独身時代からヨガを習いたいと思っていた私。

体が硬すぎるし、家に引きこもってばかりじゃ益々運動不足は悪化する。

ヨガは精神的にもすごく良い影響を与えてくれるらしい。

思い切って電話をかけたのは7月でした。

相変わらず被害妄想に苦しんでいたし、夫への怒り爆発も定期的に続いていました。

でも、そろそろ疲れてきたんでしょうね。

もう嫌だ、もうこんなしんどいだけの生活、嫌だ。

そう思っていたし、夫と離婚して一人で0からやり直したいと思っていました。

夫にも「別れたい」「一人になりたい」と何度も言っていましたし、夫のせいで自分はこうなってしまったとも。

とにかく前に進みたくて、ヨガを習うことに決めたのです。

 

私が直感で選んだヨガの先生は、会ってびっくり。

60代の方でした。

 

心も体も深呼吸

別れたいとか言いながら、付き添ってもらいました夫に。

あの頃は特に初めての場所・人・ものが苦手で、夫の優しい言葉にすんなり甘えて。

ヨガの先生はとても素敵な方でした。

外見はとても女性らしく体も柔らかいのに、中身は1本のぶっとい固い芯が通っている。

気はやや強め?だけれどまさに私の理想とする女性像。

夏から通い始めて辞めたのは翌年の1月だったし、途中何度も行けない日があったので、恐らく4ヵ月ほどしか授業には参加出来なかったのですが、ヨガを体験して良かった。

というより、ヨガの先生、Sさんに出会えただけでも、十分価値のある体験になりました。

Sさんは本場インドで修行を積まれ、なにやら凄い方らしいですのですが、「先生」と呼ばれることが大嫌いだそうで。笑

いつも私達はSさんと名前で呼んでいました。

 

ヨガ自体が私に合っていたかどうかは・・・まだ判断できないです。

ですが嫌いではなかったですね。

呼吸を意識して、五臓六腑を確かめて、ゆっくりゆっくり深呼吸しながら丁寧に体を動かす。

恥ずかしいポーズもあるのに抵抗なく無心でできたのも、ヨガだから。

今でも時々思い出しては動かしています、足首を。

両足を前に伸ばして座って、足首を時計回りにゆっくり10回、反時計回りにゆっくり10回。

これだけでも凝り固まった何かがすっきり解された感覚になるから不思議です。

深呼吸って本当に大事ですよね。

 

ずっと心に残る言葉

Sさんとは夫婦ともに仲良くさせてもらって、ご自宅にも何度かお邪魔しました。

一度目は夫とふたりでランチを。

二度目は夜に、同じヨガクラスの先輩ら3人とヨガ後にそのまま車を走らせ、Sさん手作りの美味しいお鍋を頂きました。

皆さん独身ということもあって、楽しいお喋り会が終わったのは0時過ぎ。

急いで暗闇の中を運転して帰ったことを覚えています。

違う日にはSさんお気に入りのお食事処にも、夫婦で連れて行ってもらいました。

母親でもなく、上司でもなく、友人でもない。

だけど私はとても信頼していて、Sさんが好きでした。

多くの悩みを抱えていた時期に出会ったことも何かの縁(?)、友人には話せないこともSさんには打ち明けていました。

夫の元カノのこととか、田舎暮らしのこととか。

会う機会も少なく、メールで聞いてもらうことが多かったです。

そんな中、Sさんから送られてきたメールにはこんな言葉が。

 

"心はコロコロ変わるからこころって言うの"

スーッと入ってきて、またスーッと出て行きました。

「そうか、変わっていいんだ。」

毎日私の気持ちはコロコロ変わっていました。

ある夜は夫とずっと一緒に居たいな、でも翌朝目が覚めるとやっぱり無理嫌別れたい。

もう自分自身の本音がクリアに聞こえなくなっていました。

でもじっくり耳を澄ませばきっと私の本音はこうでした。

"結婚式で誓った時の気持ちを思い出して、もう一度夫と仲良く暮らしたい"

 

もう疲れたな、誰かの手を借りよう。

そう決心し、私は心療内科を受診することにしました。

 

心療内科1件目

始めに受診した病院の医師は中年男性でした。

いつから、何をきっかけに、どのような症状が出ているかを話しました。

男性医師に言われたのは「あなたは鬱じゃない」ということ。

例の元カノの家を探して襲いに行ったり、殺したいといった感情が無いか確認はされましたが。。

まず浅くても睡眠時間をとれていれば鬱じゃないそうです。

先生の診断は...。

"あなたは鬱ではないし、治療も必要ない。田舎という環境にストレスを感じていて、でも逃げ場がないから一番近くにいる夫に怒り全てをぶつけているのだろう。環境の変化によってこの様な症状が出る方は少なくない、引っ越しをすることも考慮してみては?"といったものでした。

 

鬱ではない。

そう診断されてまずは安心しました、でも病気でないならこの先元の自分に戻る方法を自分で探していくしかないんだ。

そう思うと不安が過ったことも事実です。

 

この後もヨガには行ったり休んだりを繰り返しながらも、外出頻度は多くなっていきました。

心療内科受診は不要だと分かったものの、やはりすぐに元気を取り戻せるはずはなく、、、夫とのいざこざはなかなか減ることはありませんでした。

ずっとここで死ぬまで生きなきゃいけないんだ、ずっと自分を嫌いなままで。

夫の些細な一言も忘れることは到底出来ず、会ったこともない元カノさんが夢に出てくる夜もありました。

そんな悪夢からの目覚め、良いわけがない。

朝から気分悪く苛々する気持ちをまた夫のせいと当たり、泣いていました。

私がこんな状態になってもう半年、夫の表情も暗くなり、元気が無いながらも毎日働いてくれ、毎日のように私の食べれそうなおかずやパン、お弁当などを買って帰ってくれました。

そんな夫から、「別の心療内科にも行ってみたら?また違った話が聞けるかもしれないし、もなかちゃんももっと話してきたらいいよ。」といった提案が。

早速私は自分で検索し、女性医師が開業されている心療内科クリニックへ行くことになりました。

 

心療内科2件目

車を運転し、もちろん一人で受診。

皮膚科も診れるその女性医師は、中年でやはり肌の綺麗な方でした。

1件目と同じ内容を話した私に医師はこんな診断をしました。

"夢見る夢子ちゃんじゃないんだから。もう年齢もそこそこ重ねて結婚したあなたが何を言っているの?旦那さんに甘えてるだけよあなたは。"

きっつー。

でも言い方は違ってるけど意味は同じで、どちらの先生も正確な診断をされているのかもしれないと思いました。

 

動けば新しい道が開ける

全てを受け入れて後は自分がどう行動するか、結局は夫婦で話し合いどの道を選択するか決めていくしかないんだな、とはっきり分かりました。

これまでも散々夫とは話し合い、お互いの気持ちも中途半端に済ませず奥の奥まで見せ合ってきていました。

私は日によって「離婚したい」と「一緒に居たい」を右往左往。

夫は変わらず「結婚した日のことを思い出してほしい。」と一生懸命でした。

ヨガで出会ったSさんにも、「あんなに心が広い人はなかなか居ないよ。」と言われました。

 

結婚は恋愛じゃない、そんな薄っぺらいものじゃない。

夫婦はどんな時もこの人と生涯を共にすると誓い合った、最愛の同志なんだ。

こんなちっちゃいことで何を弱気になっているんだ。

 

9ヵ月の月日が経ち、ようやくそう思える時が来たのです。

 

<次回予告>

やっと少しの光が見えてきたもなかの生活に、更に新たな変化が。

好きなことをするってこんなにも素晴らしいことなんだと気づきました。

 乞うご期待♪

 

 

 

**********

現在夫のKYな言動はほぼ見られず、元カノ話も封印されています。笑

趣味は相変わらず色々と楽しんでいますが、ゲーム時間は減って一緒にTVを観る時間も格段に増えました。

私はというと、孤独感を感じることはまるで無くなり、田舎暮らしに対する拒絶感も弱くなってきていて、楽しむ余裕も若干出てきています。(夢のマイホームでの暮らしは何処でするのか未定だけど、喧嘩の原因にはならなくなった)

今は自分のことより息子優先なところが多々ありますが、息子が成人した後の第二、第三の人生もまた楽しみで仕方ありません。勿論シングルじゃなく夫婦前提としてですよ!笑

私が変わったのか、夫が変わってくれたのか、どちらも少しずつ変わっていったのか。

なにわともあれ、お互いを思いやる気持ちだけは忘れずに、年々夫婦間の絆が強くなっているように感じます。

昔も今も、「お似合いだね」「本当に仲良しだね」などとよく言ってもらえる私達ですが、過去にはこんなにもぶつかって、色々学んで、今も好きでいる努力をして、そんな小さな積み重ねが今の暮らしに繋がっていることを忘れずにいたいです。

 

Q:『夫婦とは?』
A:『どんな時も諦めず、同じベクトルを持って、生涯を共にするための努力ができる、最愛のどうし(同士・同志)である。』by一口もなか

 

 

 

 *続き⑤はここから読めます*

 

 

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